コラム
コロナ後の獣医療の変化と未来
アームズ株式会社
代表取締役・獣医師 氏政雄揮
ウィズ・コロナの状況下の獣医業
2019年末に中国武漢で発生が確認された新型コロナ感染症(COVID-19)は、2020年3月にWHO(世界保健機関)が11年ぶりにパンデミックと認定する程の猛スピードで世界中に伝播しました。そして2020年、新型コロナ感染症の猛威と戦う中で人々は日々の働き方、生活、習慣を大きく変えることを余儀なくされ、ビジネスにおいてもあらゆる業種が影響を受けました。世界の実質GDP(国内総生産)がコロナ前の水準を回復するのは2022年前半と見る向きもあります。
その中で獣医業は「生活インフラとして休業を要請しないサービス」として国や自治体から認定され、緊急事態宣言下において一時休業を行なったペットショップやペットサロンなど他の動物関連の職種とは明確な一線が引かれました。また家庭内での癒しを求めて、子犬・子猫を求める人が増えました。実際、緊急事態宣言下においても来院数が落ちなかった動物病院の声を数多く伺っており、動物用医薬品の製薬会社からの出荷額も対前年比で持続的なプラス成長が見込まれると弊社ではみております。
総務省が公表した10月家計調査報告(2人以上世帯)によると、肉類支出金額は前年同月比9.3%増と増加しました。新型コロナの流行でインバウンド需要や外食需要が激減しましたが、内食の比率が過去最大に高まり、その需要を支えるため産業動物においても獣医療の重要性は低下しておりません。
コロナで歴史が10年早まった
しかし実際、特記すべきは大きな構造変化が生じているということです。コロナ禍でテレワークが普及し、通勤よりも生活を重視する考えから、都心から郊外へ転居する動きが続いています。総務省の人口移動報告によると、東京都では4カ月連続で転出者の方が転入者よりも多い転出超過となっています。10月の転出者数が前年同月比で増えたのは都道府県で東京だけでした。また、東京商工リサーチによれば2020年12月7日までに上場企業の早期・希望退職者募集は90社に達し、リーマン・ショック直後の2009年(191社)に次ぐ高水準に押し上がっているとのことです。
ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長によれば、「コロナで10年、歴史が早く回転し始めた」とのことです。「変わるんだったら今でしょう。」「惰性でやってきたけど、急に変化のスピードが速くなった。これ以上になると本当に潰れるか、廃業するか、買収されるか。そういう時代になったということです」(日経ビジネス2020年8月3日、ファストリ柳井氏の焦燥「変わらねば日本は潰れる」)という記述を真剣に捉えるべきだと筆者は思います。
それを裏付けるように国内外の動物薬業界では、この「10年分の変化」をチャンスと捉えて一気呵成にビジネスを変革しようとしている企業が複数あります。革新的な動物用医薬品の上市に加えて、企業買収により体外診断薬と臨床検査受注を強化する戦略を打ち出す企業、DNAによる畜産と水産での個体のトレーサビリティ検査を強化する企業、独自の電子カルテシステムの市場浸透により獣医療のデジタル化を促進してビッグデータの収集と活用を計画する企業、AI開発を行う企業に出資して両社で動物の生体情報をAIで解析する共同事業を行う計画を示す企業など、いずれも「診断・検査」や「デジタル」という分野に積極的に投資し、「医薬品」という枠を超えて事業拡大を計画していると筆者はみています。これらは元々計画されていた会社方針に基づくものでしょうが、新型コロナが計画実行を一気に後押しした側面も当然あるでしょう。
今後、IoMTで動物用医療機器の重要性は益々高まる
日本の獣医療において初診からの遠隔診療は法的に認められていませんが、米国では新型コロナのパンデミックの期間に約3割の獣医師が遠隔診療を使ったというデータがあります。欧米では動物薬メーカーやディーラーが、それぞれ別の遠隔診療のシステム会社と提携して獣医師に提供しており、今年2月にラスベガスで開催されたウェスタン獣医学会でも盛んに紹介がなされていました。
遠隔診療はコロナ禍での来院の代替法として用いられるだけでなく、物理的な「距離」を超えることができるため、「高速大容量通信」「超信頼・低遅延」「多数同時接続」が可能となる5Gが日本でも普及すれば「名医の診療を自宅で」受診することも可能になると予想されます。
但し、それを実現するためには、動物の状況を正確に把握できるウェアラブル・デバイスやコンパクトな検査機器が利用できる必要があります。なぜなら、人とは異なり、動物は自分で病状を伝えることはできず、飼い主自身も犬猫の体温や心拍数を測定することも難しい状況にあるためです。そのため、IoMT(Internet of Medical Things)を利用した遠隔診断用の医療機器は、ヒト医療よりも獣医療でより重要で必要になると考えられます。2019年10月にロンドンで開催されたDigital Veterinary Summitに参加しましたが、獣医療に応用される新しい技術やサービスについて多くのスタートアップ企業が発表しておられました。例えば、「心電図、脈拍、呼吸数、体温、運動量、体勢」等を24時間ワイヤレスで計測できるペット用のウェアラブル・デバイス、血液ではなく唾液中のグルコース濃度を測定する試験紙、スマホに聴診器を接続して心音をネットで飛ばすデバイス、スマホと接続して持ち歩けるコンパクトな顕微鏡個体識別マイクロチップとフードボウルを組み合わせて食事管理を容易にするシステムなどです。牛の顔面を認識して個体識別し個体の姿勢、産乳量等が分かるシステム、放牧時の牛の位置・移動距離・反芻や発情の兆候が分かるGPSとセンサー内蔵の牛用耳標と受信機・サーバーからなるシステム、馬の心拍数や呼吸数、体表面温度などが測定できるウェアラブルデバイスなど、産業動物でも省力化や遠隔管理ができるものが多数紹介されています。
これらは海外では承認不要で販売されているものもありますが、日本では動物用医療機器に該当するものが多く、日本での普及のためには今後動物用医療機器の重要性は益々高まると筆者は考えます。また、病状の進行を予測するプログラムや腫瘍の良性・悪性を診断するAIも動物用医療機器に該当します。これまで獣医療は個体ごとに異なるアナログなサービスと考えられてきました。しかし、今後は獣医療のデジタル化が一気に進むと予測され、それにより獣医療はまだまだ大きく進歩し、市場も拡大すると存じます。
また、この分野はこれからの成長分野であり、アイデア一つで新しい市場を創造することが可能です。海外では承認不要で販売できる国が多いことも、日本企業にとっては朗報かと存じます。国際特許が取得されれば、すぐに海外展開も視野に入れることができるためです。弊社では欧米のコンサルティング会社や調査会社とネットワークを組み、海外進出のサポートでも実績を上げています。
(一社)日本動物医療振興会の会員企業におかれましては、既に一部の動物薬企業が上述のように取り組み出しているこの大きな潮流を、動物用医療機器のスペシャリストとして牽引され、今後の獣医療の発展と社会貢献に大きく寄与されることを筆者は願って止みません。
参考文献:
・氏政雄揮:動物病院を取り巻く時流の変化、北小獣通信83 5〜10(2020)
・氏政雄揮:令和時代の動物病院のマネジメント、CAP (2020年3月)
・氏政雄揮:日本と米国における獣医療と関連産業の現状と未来 〜未来を変える技術〜、日獣会誌 72 587〜591(2019)