コラム
「医工獣連携における動物医療の役割」~レーザー医療実用化の経験から~
粟津邦男1)、2)、3)
大阪大学 1)大学院工学研究科、2)大学院生命機能研究科、3)国際医工情報センター
筆者は35年近く医工連携に携わり、特にレーザー技術を高度に活用する診断・治療機器研究開発に従事してきた。すでに世に出ている技術としては、細径血管内視鏡、ICG色素肝代謝計測装置、歯科用レーザー治療器、光線力学診断・治療技術、下肢静脈瘤レーザー治療装置、前立腺肥大レーザー治療装置等がある。これら開発は、所属した企業研究所、医学部臨床系教室、米国大学癌研究所、国のレーザープロジェクト研究所及び現職にて進めてきたが、この間の研究開発を通じて医工獣連携の重要性を以前から強く認識している一人として、本誌への執筆の機会を与えられ大変光栄に思う。
医工連携とは工学技術をいかに医学特に臨床へ橋渡すかという連携であり、各機関で積極的に進められ一定の成果を挙げていることはご存知の通りである。ただ、きわめてチャレンジングなテーマについての医工連携はなかなかうまくいかないとの認識も持っている。それは最終的に治験という形でヒトでの臨床試験を実施する前と後でのプロセスと立ち位置に大きなギャップがあるからに他ならない。例えば、「工」が中心となるモノづくりにおいて「開発」とはまさにモノができ安定して動く状態までのプロセスを指す。しかし「医」における「開発」とは安定して動作するモノがあった上で、ヒトに対して安全かつ有効に働くことを実証し、さらに最近では経済性も要求されることが多くなってきた。さらに「工」に携わる方々の考え方は多くが「演繹的」、即ちものの理を突き詰めたうえで、一般的によく知られた電気電子工学、機械工学、化学工学、材料工学等の学問上に立つ立場を取られることが多いのに対し、臨床家の多くは「帰納的」発想、即ち従来の診断・治療技術の延長に次の患者への対応を考えるといった、学問的はもとより今までの膨大な臨床例・経験の上に次の一歩を踏み出すという場合が多いように思われる。結果、「工」が創ったモノの一般性を担保するのには膨大なデータと時間がかかることにより、目の前の症例にできるだけ早く対応したいという「医」の要求との時間感覚に大きなズレが生じる場合がある。これが連携に水を差すことがままあることを経験された方は多いであろう。この状況を打破できるカギを医工獣連携は握っている。獣医の方々はかなりリスクの高い(ヒトではなかなかトライできない技術)治療にも飼い主等の了解を得て実施される場合がある。これはヒト臨床向け技術開発を行ってきた筆者には驚きの連続であるが、是非このチャレンジングとなれる立場として医と工の間に入っていただき、医獣工連携を開始してみてはどうだろうか。具体的には、例えば癌の光線力学治療等について現在適応拡大や新規臨床応用が進められようとしているテーマについて、近い将来ヒトで実施するのに近いプロトコールで動物医療を実施する試みや、GCP基準を意識した動物医療の開始などがあげられる。もしこれが実現できれば、ヒト臨床で用いる前にすでに獣医療で実績を挙げ社会的認知度もあがり、最終的なヒトへの橋渡しの大きなエンジンとなり得るだろう。
もちろん監督官庁として、動物は農林水産省、ヒトは厚生労働省、モノは経済産業省と別れてはいるが、平成27年4月1日に立ち上がったAMED立研究開発法人日本医療研究開発機:俗にいう日本版NIH)のようにオールJAPANで医療技術を開発し、さらにそれを産業の柱にもしようという国策が進められつつある今、一考に値するとお考えの動物医療に携わる方々のご協力が仰げればと考えいる。
著者紹介
粟津邦男 教授 略歴